寅さんブログ フーテン便り

NY観客×山田監督 トークセッション

2008年10月22日 16:00

カテゴリ:上映・イベント

 ニューヨークでの特集上映"Best of Tora-san"の企画として、日本時間の10月18日(土)午前、インターネット中継による、『男をつらいよ』上映後の観客と山田洋次監督とのトークセッションが行なわれました。
 上映チケットは完売、上映時は立ち見が出るほどの盛況ぶりだったそうです。そんな熱気あふれるニューヨークの会場は夜ですが、こちらは爽やかな朝の大学キャンパスにてスタンバイ。

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<左>ニューヨークはジャパン・ソサイエティ劇場の様子。
<右>日本側は慶應義塾大学 三田キャンパス・グローバルスタジオにて。

 上映中よりNY劇場内の映像が届いていましたが、音声は入っておらず待ち時間は山田監督も緊張の面持ち。上映終了、いよいよ中継がつながった時には、観客からの盛大な拍手が聞こえ、とても暖かい空気が伝わってきました。後から聞いたNY側のレポートでは、上映中はコンスタントに笑いが起きていて、特に「冬子さんにボートの上で視線を絡めている一連のシーン」では、まさに割れんばかりの笑いが起きていたとのこと。


20081018_jp2.jpg 会場からの呼びかけに、まずは山田監督より
「『男はつらいよ』はとても愛着のある作品。40年経ち、NYで上映され、楽しんでもらえるのはとれもうれしい。」と、ご挨拶。

 続いて、監督はカメラへ向かって、観客はスクリーンを通してはじまった、異色のトークセッション。主な質問内容と監督の答えを簡単にご紹介します。

Q:(司会者ブルース・ベネット氏):どのような経緯で「寅さん」のシリーズは生まれたのか?そして、40年後にこのように上映されることについてどう思うか?

A:1969年という時代が万博に象徴される戦後復興を成し遂げた日本の高度成長がはじまった時代。今の日本とは違い、そのころはこの国には希望があった。今、40年経ち、希望が少なくなっていて、これから先どうなるのか不安の中にいる。これは日本だけでなく世界でも。

Q:このようなキャラクターを主役にした作品が観客にも人気となったのは、観客のノスタルジックな気持ちを反映していたと思うか?

A:当時は、お金をもっている人が強いという考えが日本人の間に広まり始まったころ。3C即ち、カー、クーラー、カラーテレビなどといわれたが、寅さんは貧しいから持っていないし、欲しいとも思わない。お金もない、地位もない、顔もよくない、そんな男がスクリーンで人気になってしまった。欲望もない男がこんなに人気になったのは、こんなに欲望にうごかされていいのかとう不安感、日本人はこのまま進んでいっていいのかという迷いが、寅さんを生んだのではないかと、今になって思う。

Q(日本人の方):監督にとって、そして、寅さんにとっての「イキ」(英語ではstyleと訳されていました)ということの意味を聞きたい。

A:映画業界で40年前によく言われたことは、もっと乾いた喜劇をつくらなければいけないということ。しめった人間関係を描く日本はおくれているという考えが当時はあった。イエス、ノーをはっきり言えないのが日本のわるいところ、といったような。寅さんは典型的なイエス、ノーをはっきりいえない男。ただ、文化の違いがあり、どちらがいい、とかわるいとかでなない。ただし、日本の湿った関係のほうがうまくいくのでは、とも思う。話さなくてもわかるというような、それが家族関係をスムーズにいかせるんじゃないか。

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Q:40年たって、寅さんが日本社会に浸透し、文化の一部とも言えるキャラクターとなったことをどう感じているか?

A:観客の日本人への願い、憧れが寅さんをつくることへ後押しとなったので、僕がつくったとは思っていない。また、渥美さんというすばらしい役者さんがいたからできたこと。渥美さんは実に頭のいい人で、観客が安心して「笑っていい」と思える雰囲気を作ってくれたんですね。チャップリンと通ずるのでは。


 その他にも、テレビシリーズから映画化への理由について、「寅さん」というキャラクターを作るにあたって影響をうけた落語のこと、尊敬する小津映画との共通点、笠智衆さんをシリーズの碇(アンカー)のような存在であるという思いを語られたり、ニューヨーカーの積極的な質問に、あっという間の45分間でした。

 終了後、NYの観客をバックに記念撮影。観客からの暖かい拍手はしばらく止むことがありませんでした。監督も手を振りながら拍手で応え、ニューヨークの観客を讃えました。

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